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Photo by CherryLaithang

【第1回】白い光

 それを舐めると鉄の味がした。

 ざらざらで冷たい鉄の棒。小さな手のひらにはあまりに太い鉄の棒。

 両手に一本ずつ握って、真ん中の棒に吸い付くと、それはいつだって、腹が減ってどうしようもなかった俺の頭を硬いチーズの幻想で満たしてくれた。

 でもそうやって舐めていると、音が響くんだ。ぺちゃり、ぺちゃりと。だから俺の他にも誰かが同じようにそれを舐めているんだと思っていた。棒の向こうに広がる暗闇に、自分と同じ誰かがいるんだって期待した。

 でも俺が舐めるのを止めると、音も止んだ。そして終わりのない静けさが降ってきた。それは俺には大きすぎる暗闇だった。大きすぎて息をするのも憚られた。だから何もできずにじっとしていると、腹が鳴り、口の中に残った鉄の味がもっと舐めろ、もっと舐めろと俺を急かした。それでまた舐め始める。するとやっぱり音だけが、棒の隙間をすり抜けて遠くの暗闇へと消えていった。そして俺は、傾いた暗闇を眺めながら、どうして俺は向こうに行けないんだろう、どうして棒に囲まれているんだろうと考えていた。

 俺が子どもの頃の話だ。誰にも言ったことはない。言ったところで何かが変わるわけでもない。

 コップの水をこぼせば、そんなところに置いたお前が悪いと言われる時代だ。ネズミを食べて腹を壊せば、ネズミを食べたお前が悪いと言われ、カネがなかったんだと言えば、カネを得ようとしなかったお前が悪いと言われる。言葉が話せなければ、勉強をしてこなかったお前が悪い、文字が読めなければ、調べようとしなかったお前が悪い。牢の中で生まれ育ったと言えば、そんなところに生まれたお前が悪いと、人は言うだろう。

 誰も助けてはくれない。

 誰にも期待できない。

 自分で、何とかしなければならない。

 

 俺がまだ牢の中にいた頃、俺によく会いに来る人がいた。

 そいつが来る時はすぐに分かった。天井に電気が灯り、部屋が明るくなったからだ。次に遠くで重々しい金属音が鳴って、ドアの形に光が差し込む。そしてぞろぞろと白い服を着た人間たちが入ってくると、最後にそいつはやってきた。

 そいつはいつも綺麗な服を着ていた。綺麗なジャケットに綺麗なズボン。腕にはきらきらの時計を嵌め、靴はぴかぴかに光っていた。たまに帽子をかぶってきた時は、必ずその帽子をテーブルの上に置いてから椅子に座った。鉄格子の向こう側に置いてある小さな椅子だ。そいつはいつもそこに座ってしばらく俺を眺めると、白い服を呼んで何かを話していた。俺はと言うと、そいつが話している間、ベッドの陰に隠れてそいつを観察していた。今日の機嫌はどうだろうか? 今日はおいしいものをくれるだろうか? そんなことをそいつの表情や動き、白服たちの息遣いから考えた。

 そいつが笑った時はチャンスだった。笑うと言っても、微かな笑いだ。唇をぐっと引き締めて、頬を少しだけ上にあげる。そういう時はすぐにベッドの陰から飛び出して、食べ物をくれと格子を揺すった。そうすると、そいつは椅子から立ち上がって、俺の前までやってくる。そして笑いながら、格子の隙間からおいしいものをくれた。甘くて柔いもの。見たことも嗅いだこともない珍しいもの。たくさんくれた。

 硬いものは食えない。柔いものは食える。

 冷たいものはまずい。温かいものはうまい。

 これはその時に覚えたこの世界のルールだ。

 でも当時の俺は言葉が分からなかったから、与えられたものをとにかく何でも口にした。腹が減っていたからしょうがない。でも俺が口に入れると、たまにそいつが怒り出す時があった。そういう時、そいつは決まってむすっとした顔になって、

「おマエはシッパイサクだ」

「なぜおマエみたいなバケモノがウまれてきたんだ?」

「そうじゃない! ナンドもイわせるな!」

 そんなことをだんだんと声を大きくして言って、しまいには「デンキ! デンキ!」と叫んだ。

 俺にはなぜそいつが怒っているのか分からなかった。

 ただ、食えると、褒められた。食えないと、体が痺れた。俺はそいつが嫌いだった。

 

 ある時、そいつは白い光を連れてきた。

 光と言うと変に思うかもしれないが、そいつの背後に人の形をした光がいたんだ。

 今でもはっきりと覚えている。それは子どもの光だった。なぜ子どもだと思ったかというと、大きさが周りの人間の半分くらいしかなかったからだ。

 それは大きくなったり、小さくなったり、炎のように形を変えて近づいてきた。小綺麗な男の背中にぴたりとくっついて、強く光ったり、弱く光ったり、なんだか楽しそうに踊っているみたいだった。

 俺はその光が気になってしょうがなかった。牢の生活に嫌気がさしていたってのもある。見ていてすごくわくわくした。

 光は男がいつものように椅子に座った後も、男の後ろで楽しそうに跳ねていた。男の肩からひょいと顔を出したり、傍にある机の下に入って屈んだり、そうかと思えば、鉄格子の前までやってきて、そこから急に飛び上がったりしていた。

 俺は光を目で追っていた。でも周りの人間達はそれに気付いていない様子だった。それは天井から落ちてくるたくさんの光の隙間を飛び回っているというのに、誰一人として天井を見上げていなかったんだ。

 そうしたら光が言った。

「いっしょにアソぼうよ」

 頭の中に直接話しかけられているみたいに変な感覚だった。

 次第に頭がぼうっと重くなって、目の前が急に真っ白になった。なんだろう、何が起こっているんだろうって思っていたら、だんだんと焦点が戻って、気が付くと、それが目の前にいた。

 初めての感覚だった。その時は初めてのことだったから言葉にできなかったが、今思えば、山の中で猪とばったり出くわして、手の中のナイフを強く握り込むような感覚だった。危険を察知して身構える、と言ったらもっと簡単か。なぜなら、そこにいたのは『光る』人間だったからだ。信じてくれなくてもいい。でもあれはたしかに光る人間だった。

 今考えると、光る人間なんておかしいと思う。でも当時の俺は、白い服以外の人間をあまり見たことがなかったから、その時はそういう人間なんだと思った。それが急に目の前に現れたから驚いただけで、不思議と嫌ではなかったんだ。

「ねぇ、アソぼう」

 それは全体が白い光に包まれた人間の形をしていた。目を開けられないほど眩しいわけではなかったが、服を着ているのか、髪の毛があるのか、そういうことは分からなかった。背はだいたい俺と同じくらい。顔も手足もあった。そして何となく、女の子のような気がした。

 どうやって檻の中に入ってきたのかは分からない。急に現れたのと、距離が近かったのもあって、俺はどうしていいか分からずにいた。すると光が俺の手をとった。そうしたら俺の手のひらがぽかぽかと温かくなった。それから腕が、そして肩が温かくなった。そのうちにどんどんと全身が温まり、硬く強張っていた俺の体が緩んでいくのが分かった。まるでふかふかの毛布にくるまれているみたいだった。指先がじんじんと熱くなって、指がとれてなくなってしまったんじゃないかと思った。そしてこのまま体がなくなれば、ここから出れるんじゃないかと、そう思った。

「いこう」

 光が俺の手を引いた。

 俺は何だかわけが分からないまま、光と一緒に歩き出した。

 でも格子の前まで来た時、光だけが外に行って、俺は牢の中に取り残された。そして温かかった手のひらが急に冷たくなった。

「ねぇ、アソんでよ」

 光は格子の向こう側で俺を待っていた。

「ねぇ、アソけてよ」

 でも俺はそっち側へ行きたいのに行けない。

「アすけて……」

 光はだんだんと遠ざかり暗闇に同化していった。

 待って、行かないで!

 俺は格子に飛びつき、隙間から光に手を伸ばした。

 そうしたら、今度は別の声がどこかから聞こえた。

「たすけて」

 女の声だった。どこから聞こえたかは分からなかったが、はっきりと聞こえた。耳元で囁かれたような、背後から声をかけられたような、部屋全体から聞こえたような、場所はよく分からなかったが、たしかに「たすけて」という声を聞いた。でも、どこから聞こえたとか、誰が言ったとか、分かる前に、目の前が真っ暗になった。

 全身が激しく痙攣して、手が棒から離れなかった。

 体がぎゅっと縮んで、喉を塞がれたみたいに息ができなくなって、やられたと思った途端、意識が遠のいた。

 

 ぷかぷかと体が浮かぶ。

 とくとくとくとく――。

 心臓の音が頭に響いていた。

 心地良いほどに全身の力が抜けて、何かに慌てたような早鐘が頭の内側を叩いていた。

 猪の内臓みたいな腥臭が鼻先をかすめる――と、薄暗いもやの向こうから誰かの声がした。

「光だ、光る人間だ!」

 男の声だった。

「俺だ! 俺が来る!」

 どこかで聞いたことのある男の声が薄暗闇に反響する。

「うわぁ、逃げろ! 殺される! 俺に殺されるぞ!」

 すると、男の声は甲高い金属音となって、するすると耳から抜けていった。

 声はどんどんと遠ざかり、やがてしんとなった薄暗闇にぼんやりと何かが見えてくる。

 赤、青、緑、灰色――色とりどりの映像が俺の周りを取り囲んでいた。まるで拡大した思い出のスナップ写真のような映像は、よく見ると動いていて、覗き込もうとすると、どれも一瞬で消えた。それらが何かは分からないが、妙な懐かしさを感じる映像だ。

 でもどれも俺の知っているものじゃない。まるで誰かの人生の映画を見ているような……。

 俺?

 ふと、意識が『今』に戻る。

 今、俺って言ったのか?

 強烈な違和感が体を下から突き上げ、真っ暗い水の中から勢いよく顔を出す。

 俺? 俺は……、何をしていたんだっけ?

 

「まさに鬼畜の所業だな。良心のかけらもない」

 その老人は、口から血を流しながら言った。

 徐々に焦点が戻る。

 街灯がぽつんと灯る小さな路地。人通りはなく、汗と薬品を混ぜたような腐敗臭が薄らと漂っていた。

 道の両側には窓硝子の割れた廃ビルがひしめき、地面には崩壊したコンクリートが積み上がっている。その廃ビルの一つ、ドアのない入口の前には、誰が捨てたか、ゴミの山ができ上がり、老人はそのゴミ山に向かってアスファルトの上を這っていた。

 足をもがれた夜虫のように、老人は地面に血の跡を残しながらゴミ山へと進んでいく。

「そう嫉妬するなって」

 その老人のあとをゆっくりと歩きながら、ケンが言った。

 黒いニット帽に黒いマスク。灰色のコートは襟が立っていた。特別に背が高いわけでも低いわけでもない。太っているわけでも痩せているわけでもない。ごく普通の見た目をした若者だが、頭の中は研ぎ澄まされた日本刀のようによく切れる。こうしたらこうなる、これをしなかったらこうなる、そのためには今こうしなきゃならない。ケンはまるでこれから起こる未来が分かっているかのように行動する。そしてだいたい外さない。今夜の狩りもケンが全ての段取りを決めた。どこに監視カメラがあって、どこにターゲットを誘導するか、事前に細かい作戦を立てた――そうか、思い出した。俺とケンは今夜、この老人を狩っていたんだ。

「嫉妬? 君たちが生きているのは、自己責任、自己満足の世界だよ。僕はそんなものに興味はない」

 振り返った老人の目は痛みに歪んでいた。全人類が抱えた絶望を一人で背負ったような顔だ。

「綺麗事だけの世界よりはマシだろ?」

 マスクに籠もったケンの若く張りのある声が暗闇に溶け出した。

「君たちは何も分かっていない。物事はそんなに簡単じゃないんだよ。この社会をよくしたければ、それに関わる全ての人たちの力関係や利害関係、それから私情というものを解きほぐさなければならないんだ……」

「お前、この時代にまだそんなこと言ってんのか? 誰が何をしようとどうだっていいんだよ。俺らは社会を変えたいわけじゃない。ただムカついてるだけだ」

 ケンはいつものように丸眼鏡を白く曇らせ、いつものようにコートのポケットに手を入れて立っていた。

「その気持ちはよく分かるよ。僕だって、本当は――」

 老人が咳き込んで口に溜まった血を吐き出す。するとケンは地面についた血を踏まないように老人に近づいて、老人の上にまたがった。そしてコートの内ポケットから金属製の細長い筒を取り出すと、すぐさまそれを老人の首元に突き立てた。すると老人は、うっと短い息み声を漏らし、そのままぐったりと地面にうつ伏せになった。

 静まり返った夜の廃ビル街に野犬の遠吠えが響き渡る。

 暖かい夜風が通り抜け、生臭い血の匂いが鼻先をかすめた。

「悪く思うなよ。俺はあんたにムカついてるんじゃない。このクソみたいな社会にムカついてんだ」

 ケンが筒の先をハンカチで拭いて、コートの内ポケットにしまう。そして俺に振り返ると、「終わったよ、目、閉じて」と言った。

 

 

「お待たせいたしました。まもなく発車いたします」

 遠くで車内アナウンスがなり、ドアが閉まった。

 周囲の音が遠く離れたところから聞こえてくる。まるで厚いカーテンを引いたように、すぐ傍にあるはずの車内アナウンスも、ドアが閉まる音も、まるで自分とは関係のない世界の音のように聞こえた。

 この目を開いた後はいつもそう。耳が籠もるのか、薄い膜で覆われるのか知らないが、甲高い耳鳴りがしばらく続く。そしてそれが続いている間はいつも、周りの音が遠ざかった。ちょうど俺だけが周囲から切り離されたみたいな感覚だ。別に悪くはない。もう少し経てば、この耳鳴りもすぐに収まる。心臓が鉛みたいに重くなるのを除けば、音が聞こえ辛いことくらいどうってことはなかった。

 電車がゆっくりと動き出す。

 電車はホームを歩く人を追い越し、トンネルに入っていった。

 窓の外を暗闇が流れていく。

 延々と、心地良ささえ覚える漆黒の暗闇が過ぎていった。

 この世界は残酷だ。

 力のある者が生き残り、ないものは去っていく。

 力のある者がルールを決め、ないものはそれに従う。

 力のある者はこの世界に生き、ないものは虚構の中に生きる。

 夢。希望……。

 あの暗闇も同じ。暗闇は虚構そのものだ。

 窓の外を壁に張り付いた黒いケーブルが波打ち、赤い警告灯が過ぎていく。

 初めて電車に乗った時は、あの赤い光が気になって仕方なかった。電車の外を飛んでいる生き物だと思っていたから、追い抜いたあとにまた前からひょいと現れると、何匹もいるんだなと思っていた。『赤虫』――俺はそれをそう呼んでいた。尻尾が赤く光る大きな蚊のような虫だ。でも実際にはそんな虫はいないと誰かが教えてくれた。

 今なら分かる。あれが警告灯だって。

 でもこうして電車に乗っていると、いまだに赤虫の姿が頭に浮かぶことがある。

「次は、明治神宮前、原宿です。千代田線、JR品川線はお乗り換えです」

 車内アナウンスが耳鳴りのカーテンを揺らす。

 心臓がどうしようもなく重くて、支えるように手を当てると、手の甲が赤かった。血だ。

 俺がやったのか?――手のひらをまじまじと眺める。

 たぶんそうなんだろう。

 隣を見ると、ケンはSN機を広げて難しそうな論文を読んでいた。

 何を読んでいるのか、俺には全く分からない。でもケンは頭が良いから何を読んでいても不思議じゃなかった。ずっと前に、なんでそんなに本を読むのかと聞いたことがあるが、その時は政策立案士になるためだと言っていた。政策立案士ってのは、試験さえ通れば、誰でもなれる国家資格らしい。国家政策立案士と地方政策立案士の二つがあって、ケンは国家政策立案士の試験を毎年受けているとも言っていた。

 次が三度目。去年は小論文でつまずき、今年は面接で落ちたらしい。両腕に彫った刺青がバレたせいだとケンは言っていたが、そんなことで落ちるのか俺には分からない。ともあれ、今年はスーツを脱がないとケンは言っていた。試験は来年の六月。猛暑でないことを祈るだけだ。

 俺が見ていると、ケンは俺に気付いてこっちを見た。

「血」

 口のあたりを指さして言う。

「え?」

「血、ついてるよ」

 ケンの声が耳鳴りに霞む。

 ケンの指の通りに唇を触ると、指先に赤い血がついた。

 返り血か、俺のものか――別にどっちでもいい。

 唇を舐めると、あの頃の懐かしい鉄の味が、口の中一杯に薄く広がっていった。

「そういや、これ見た?」

 ケンが言った。

 読んでいた論文を消して、オキドキを立ち上げる。

 オキドキというのは、仮想空間に特化したソーシャルネットワーキングサービスだ。仮想空間内に購入した自分のスペースに視聴者を連れていくことができる。購入したスペースには、自分の部屋も作れるし、本や音楽を置くこともできる。スペースに訪れる人が多ければ多いほど、より多くの仮想通貨が支払われる仕組みだ。もちろん仮想通貨はリアルな通貨に換金できる。ケンいわく、オキドキは今一番人気のSNSって言われているらしいが、俺はやったことがない。

 ケンの差し出したSN機には、オキドキの投稿動画が流れていた。

「ほら見て。リア、また髪色変えてるし」

 十五秒ほどの短い動画には、ピンク色の髪をした女が映っていた。大きな胸がはみ出すほどに小さなビキニを身に着けた女がプールサイドで酒を飲んでいる。サングラスで目を隠しているが、真っ赤な唇はたしかにリアナのものだった。リアナは登録者数一四〇万人の人気オキドッカーだ。リアナが言うには、一四〇万はすごいことらしいが、ケンは「ジジイの七パーが見てるだけ」と言っていた。俺にはよく分からない。どっちにしてもリアナは嬉しそうだったから、俺はそれでいいと思う。

「イフェクトえぐいよね。みんな、本当のリアを知ったら幻滅する」

 ケンはそう言うと、目を細めて笑った。

 ケンの笑い顔は幼い。狩りをする時の顔とはまるで違う。こうして一緒にいると、たまにどっちが本当のケンか分からなくなる時もある。冷静で無慈悲なケンと、生意気で無邪気なケン。たぶんどっちも本当のケンなんだろうが、俺は狩りをする時のケンの方が好きだ。ケンは老人なんかいない方がいいと思っている。だから狩りに迷いがない。ヤル時は一発で仕留めた方がいい。苦しませちゃ可哀そうだから……。

 そんなことを考えていたら、ケンの丸眼鏡が緑色に点滅した。

「どうした?」

 ケンは眼鏡のテンプル部分に指を当てて誰かと話していた。

「うん。ああ、うん……」

 狩りの顔だった。かけてきた相手は言われなくてもなんとなく分かる。

「あるよ。場所は?」

 ケンはゆっくりとシートから立ち上がった。

「分かった」

 そして持っていたSN機を折り畳むと、俺を見下ろして言った。

「ネイが呼んでる」

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